研究
R研究室での研究
私たちR研究室では、様々な非平衡現象を理論的に研究しています。「非平衡」とは文字通り、平衡状態ではない、という意味です。学部の熱力学や統計力学で学習してきたことは、まず例外なく熱平衡状態ばかりです。温度や圧力は一定で、そもそも時間の概念が教科書に出てくることすらなかったはずです。しかし、実際にみなさんの身の回りの自然現象のほとんどは、熱平衡状態とは程遠い非平衡状態ばかりです。温度も気圧も毎日変化しますし、風や川のめまぐるしい流れもあります。なによりもわれわれの生命そのものが究極の非平衡現象ではないでしょうか。世界は本質的に非平衡状態なのです。
しかし、非平衡現象を統一的に理解する物理理論はないのが現状です。むしろほとんど手つかずの状態といってもいいくらいです。身の回りの現象の複雑さや乱雑さを考えると無理もないことと思うことでしょう。それでも注意して観察すると、一見複雑な非平衡現象の奥に普遍的な法則が隠れているようなのです。その普遍法則を探ること、そしてそれを物理学の言葉で解明することが私たちの研究の大きな目標です。その中でも私たちが注目しているのは、物質の流れや分子の揺らぎ、そして熱の移動といった、非平衡現象のおおもととなる現象を、場の理論や確率過程理論、シミュレーションなど理論物理学のあらゆる道具を使って研究することです。特に最近、私たちが興味を持って取り組んでいる研究対象は、ソフトマターと呼ばれる、流れる(あるいは流れそうなのに流れない)物質の非平衡統計力学です。これについてもう少し詳しく説明しましょう。
ソフトマターの非平衡統計物理学
(1)ガラス転移現象
みなさんの身の回りには、さまざまな「流れる物質」あるいは「流れそうで流れない物質」があふれています。水などの液体、マヨネーズやペースト、砂山、ゲル、ペンキなどがそれにあたります。いずれもありふれた物質ばかりですが、最初に挙げた水以外は、液体とも固体ともつかない、中途半端なものばかりです。これらを総称してソフトマター(文字通り「柔らかい物質」のことです)と呼んでいます。これらの物質に共通していることは、密度が高く分子や構成粒子がぎっしりと詰まっているのに、結晶構造を持たずランダムな配置をしていることです。流れそうで流れない理由は、まさにこのランダムで高密度である点にあり、いわば分子たちが交通渋滞を起こしているからであると言ってよいでしょう。このような状態を一般にガラス的と言います。私たちの中心的な研究テーマは、流れる液体がなかなか流れなくなる状態へ変化する現象、いわゆるガラス転移です。ガラスとは、普段みなさんが目にするあの「ガラス」のことです。ガラス転移は身近な現象である割には、その正体は分からないことだらけで、最近の物性物理学の大きな研究テーマとなっております。そもそも、液体のように分子がランダムな配置を取っているのに、なぜ流れないのでしょう。
こんな素朴な質問に、現代物理学は明解な解答を持っていないのです。ガラス転移は「転移」と名前が付いているのに、みなさんが知っている相転移のどの仲間にも属さない不思議な現象であり、物理学における最大の未解決問題の一つと言われています。物質に限らず、ものごとが複雑になってくると動きが遅くなるということはよくあることです。問題が多くなりすぎると思考が交通渋滞を起こして、思考停止となることがあるでしょう。このような問題は情報科学ではありふれていますが、意外なことにこの情報科学もガラスの理論と深い関連があるのです。このようにガラス転移は、物理学のテーマとしては耳慣れないかもしれませんが、幅が広く奥が深い問題なのです。そこで私たちが目にするものは、分子達が一見ランダムに動き回っているように見えながらも、ある自然法則にしたがっている姿です。例えば図1に示したように、ガラス化しつつある液体(過冷却液体)の中には、分子サイズより遥かに大きなフラクタル模様の不均一運動(動的不均一性)が見えるなど、単純液体とは異なる特徴が見られます。ここで見られる自然法則は、まるでロシアの人形、マトリョーシカのように、顕微鏡のレンズの倍率を変えるごとに、その姿を変えているようなのです。私たちの研究室では、シミュレーションと非平衡統計力学の様々な理論的な手法を用いて、このミクロの世界の「渋滞学」に挑戦しています。
(2)アクティブマターの物理 ソフトマターはガラスばかりではありません。生物だってそうです。近年、物理学者たちは「自発的に動く物質(アクティブマター)」と称して、生物さえも研究の対象にしようとしています。生物の最小単位である細胞は、時には固体のように形を保ち、時には液体のように自在に形を変えるという意味で、立派なソフトマターです。以外なことに、鳥の群れや魚の群れ,バクテリアの集合体なども、ソフトマターまたはガラス的になることがあります。特に高密度のアクティブマターでは,図2に示したように、顕著な協同運動が観測されます。この絵は、図1のガラスの絵に似ていませんか。全く違う現象に普遍的な現象が見つかることこそ、物理学の醍醐味です。私たちは、これまでガラス転移などで培ってきた最先端の道具を用いて、アクティブマターの理解を目指しています。
(3)そのほか このほかにも、液体が結晶化する仕組み(核生成と言います) や、熱伝導や拡散のような非平衡現象の確率過程理論など、自然界の様々な非平衡現象に注目し、身近な現象に潜む普遍的な法則の解明を目指しています。
(2)アクティブマターの物理 ソフトマターはガラスばかりではありません。生物だってそうです。近年、物理学者たちは「自発的に動く物質(アクティブマター)」と称して、生物さえも研究の対象にしようとしています。生物の最小単位である細胞は、時には固体のように形を保ち、時には液体のように自在に形を変えるという意味で、立派なソフトマターです。以外なことに、鳥の群れや魚の群れ,バクテリアの集合体なども、ソフトマターまたはガラス的になることがあります。特に高密度のアクティブマターでは,図2に示したように、顕著な協同運動が観測されます。この絵は、図1のガラスの絵に似ていませんか。全く違う現象に普遍的な現象が見つかることこそ、物理学の醍醐味です。私たちは、これまでガラス転移などで培ってきた最先端の道具を用いて、アクティブマターの理解を目指しています。
(3)そのほか このほかにも、液体が結晶化する仕組み(核生成と言います) や、熱伝導や拡散のような非平衡現象の確率過程理論など、自然界の様々な非平衡現象に注目し、身近な現象に潜む普遍的な法則の解明を目指しています。
進学を考えている皆さんへ
メンバーの自主性と自由で活発な議論ができる雰囲気が、昔も今も変わらないR研の伝統です。理論研究というと、優等生が一人きりで部屋に閉じこもって頑張っているというイメージが強いかもしれません。
しかし実際に私たちが毎日行っているのは、世界中の研究者仲間と知恵を出し合いながら新しい分野を切り開くという、泥臭くもアクティブな共同作業です。そこで必要になる資質は、まず、(1)生意気なくらい元気であること。先生や先輩にたて突くぐらい元気な人でないと、前人未到の未解決問題に挑戦することなどできません。次に(2)誰に対しても全てをさらけ出しながら切磋琢磨できるコミュニケーション能力。いくらあなたが成績優秀だったとしても、さらに優秀な人は世界にいくらでもいます。そのような人たちと胸襟を開いてともに学ぶ姿勢がとても大事です。そして最後に(3)主体的であること。先生が何か言ってくれるまで何もしないようでは困ります。ただし、先生や先輩と議論もせず、なんでも自分でやらなくてはいけない、という意味ではありません(それは独善的といい、主体的とは真逆の姿勢です)。